ゆうゆう、ゆりはま

ゆうゆうのひと

湯梨浜町

いまもフィナーレの一曲は、赤いランプの終列車。

歌手・作曲家 西村光司

つやのある低音が想いを伝え、のびのある高音が情感にあふれる。半世紀余の芸歴をもつ大ベテランの歌手のステージは、客席の一人一人の胸にそれぞれの人生と重ね合わせるように響く。
その西村光司さんが歌の道と出会ったのは、忘れもしない10歳の少年のときである。ラジオから流れる歌謡曲『赤いランプの終列車』を聴いた少年は雷に打たれ、しびれた。歌うは春日八郎。『別れの一本杉』『お富さん』などなどのヒット曲で、昭和の一時代をあざやかに映し出してきた歴史的歌手だ。雷に打たれた少年は、すぐに熱が冷めることなく、それどころか自分の生きる道を決めてしまった。独学の練習を重ね、高校卒業後上京し、春日八郎に弟子入りを申し込む。断られつづけても諦めず、とうとう許され、住み込みの内弟子となる。「おやじ(春日八郎)のそばにいられるだけで幸せでした。高望みなどまるでなかった」が、地道な努力が実り、およそ10年後に歌手デビューを果たし、活動を開始した。
湯梨浜町を拠点にするようになって長い歳月が経った。歌手としてだけでなく作曲も手がける。「鳥取県39全市町村イメージソング」は、全国で例を見ない成果として広く評価されている。鳥取のホテルで30年つづけてきたステージ、全国2000余の老人福祉施設の慰問ステージなどをはじめ、歌手として意義ある活動を重ねてきたが、いまでもショーのフィナーレの一曲は、『赤いランプの終列車』。